
【宿主の増殖システムを乗っ取る】
ウイルスは人間などの生物に感染し、その生物に頼って生き延びる。
だが人間もまた、ウイルスの力を借りて生きているらしい。
インフルエンザウイルス、ジカ熱ウイルス、エボラウイルスなど多種多様なウイルスが生物の病原体になる。
ウイルスは自分の遺伝子「DNAやRNA」とそれを包むたんぱく質しかもたないので、自分では増殖できない。
そこで彼らは他に生物に感染し、その生物「宿主」の細胞の増殖システムを乗っ取って増える。
ところが、乗っ取る過程で宿主の細胞に入り込んだウイルスがそのまま細胞内に残ってしまうことがある。
もしそれが精子や卵子のような生殖細胞であった場合、ウイルスはそのまま宿主の親から子へと引き継がれてしまう。
恐竜が地球上を支配していた時代、原始的な哺乳類でそのような出来事が起こったらしい。
カモノハシの仲間「単孔類」が他の哺乳類と分岐した1億7000万年前頃、古代のあるウイルスが哺乳類の仲間に定着した。
これは哺乳類にとりきわめて重大な出来事だった。
彼らはこのウイルスを遺伝子として利用して胎盤をつくり出すようになったのだ。

【胎児が母親の免疫に攻撃されない理由】
胎盤は母親とその胎児の間で栄養や老廃物を交換する器官である。
カモノハシは卵を産むが、その他の哺乳類は胎盤をもち、子宮内で胎児を育てる。
母親にとって胎児は、自分の子ではあっても他者「父親」の遺伝子をもつ自己とは異なる存在である。
そのため母親の免疫は胎児を攻撃する可能性がある。
だが哺乳類はウイルスを利用することでこの問題を回避したという。
胎児が胎盤へと自分の細かい血管を伸ばしている部分「絨毛」は薄い膜に覆われている。
この膜は無数の細胞が合体して生成したもので、母親の免疫細胞も通り抜けることができない。
この合体を可能にしたのがシンシチンというたんぱく質である。
そしてシンシチンの遺伝子は、ウイルスが哺乳類に運び込んだものと見られているのだ。
哺乳類では、シンシチン以外にも胎盤の形成に関係するウイルス由来の遺伝子がいくつも見つかっている。

それだけではない。
陸上で生活する哺乳類の皮膚が適度に水分を保つための遺伝子も、また哺乳類のすぐれた記憶や認識機能に関する遺伝子の一部も、ウイルスから得た可能性があるという。
人間のゲノム「DNAがもつ人間の全遺伝情報」の10%をウイルス由来のDNAが占めているのだ。
生物のゲノムにはほかにもウイルスによく似た性質をもつものが存在する。
それは「跳躍遺伝子・トランスポゾン。転移因子」と呼ばれ、DNAのある場所から別の場所へと「飛び移る」ことができる「もっともトランスポゾンの多くはいまでは移動することができない」。
これによって移動先の遺伝子のはたらきが抑えられたり、新たなはたらきが付け加えられたりする。
人間の免疫にもトランスポゾンのしくみが利用されている。
トランスポゾンのすべてがウイルス起源ではないかもしれないが、すでにわかっているもの以外にもウイルス起源を疑わせるトランスポゾンが少なくない。
トランスポゾンが人間のゲノムに占める領域は40%以上とされている。
進化は小さな変化の積み重ねによって起こる、これまでの主流の進化論はこう主張してきた。
だが進化はもっとダイナミックに、ウイルスから新しい遺伝子を導入したりDNAが組み換わることによって起こったのかもしれない。
その全体像は見え始めたばかりである。
